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デジタルバイオマーカー(dBM)の実用化に向けて:中外製薬の開発担当者が解説するdBMのWhatとHow

こんにちは、CHUGAI DIGITALです。中外製薬は、CHUGAI DIGITAL VISION2030を掲げ、デジタル技術によって中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターになるために、「デジタルを活用した革新的な新薬創出(DxD3)」「すべてのバリューチェーンの効率化」「デジタル基盤の強化」からなる3つの基本戦略を策定しています。デジタルを活用した革新的な新薬創出に関わる重要な取り組みの一つに、デジタルバイオマーカー(dBM)開発があります。今回のnoteでは、dBM開発をリードする社員3名にインタビューし、dBMを取り巻く環境や当社のdBM開発の現場について聞きました。

高橋竜之:2020年入社。デジタル戦略推進部デジタルバイオマーカーグループ シニアマネジャー。前職では創薬研究、海外ビジネス、IT/デジタル等幅広い業務経験をもち、現在は国内外のヘルスケアテック企業、スタートアップとコミュニケーションを行う。

橋本和治:2021年入社。デジタル戦略推進部デジタルバイオマーカーグループ所属。前職ではクリニカルサイエンティスト、スタディーリーダー、プロジェクトリーダーなど医薬品の早期臨床開発から承認申請、薬価取得まで15年間携わり、現在は医薬品開発プロジェクトにおけるdBM開発の推進やdBM開発基盤の整備を行っている。

李嬌:2019年入社。デジタル戦略推進部デジタルバイオマーカーグループ所属。ITとコンサルティング会社を経て、中外製薬に入社。医薬品開発プロジェクトにおけるdBM開発の推進、dBM開発基盤の整備、インサイトビジネスにおけるデジタルヘルスサービスの開発などを行っている。



デジタルバイオマーカー(dBM)とは

高橋:デジタルバイオマーカー(dBM)とは、スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られるデータを用いて、病気の有無や治療による変化を客観的に可視化する指標です。バイタルサイン、生化学検査、血液検査、腫瘍マーカーなど臨床検査値や、MRIやCTなどの画像診断データといった、病気の診断や治療予測に用いられるものはバイオマーカーと呼ばれ、デジタル技術の進化により、これらのバイオマーカーは医療施設に行かずとも、スマートフォンやウェアラブルデバイスによって取得できる未来が訪れようとしています。デジタル技術により従来のバイオマーカーでは得られなかったデータを取得・解析し、日常診療および医薬品の研究開発に活用することが期待されています。

dBMはどのように活用されるのか

生体データの測定は侵襲的な方法から非侵襲的な方法へ

高橋:今までは採血など侵襲的な手技により測定されていたデータの一部が、ウェアラブルデバイスにより非侵襲的に測定できるようになります。例えば血糖値のように採血により血中濃度を測定していたものが、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスにより測定できるようになります。

可視化される生体データの“時間的変化”

さらに、ウェアラブルデバイスによる連続的な生体データの測定は、これまで可視化できなかった生体データの時間的変化を客観的に示すことを可能にしました。現在“点”で存在している身近な生体データとして、体温を例に挙げてみます。一般的な体温測定というと、体調が悪いと感じた時に体温計を脇に挟んでその都度測定することをイメージすると思います。それが今では、ウェアラブルデバイスにより深部体温を24時間連続で測定し、つまり“線”で、観察できるようになりました。これにより、日常生活における体調管理だけでなく、体調や病状の変化の予兆を今までよりも早く正確にキャッチすることができると考えられます。
深部体温以外にも、睡眠の状態や運動機能、心拍、血圧などの変化を“線”として捉え、病気との関連を可視化することができれば、患者さんの状態をより正確に理解することにつながり、より細やかな個別化医療の実現が可能になると期待できます。
このように、これまでは病院ですら連続的に測定できなかった体温や血圧が日常生活下において連続的に測定できるようになりつつあります。さらに、これらのデータを長期間取得し、それぞれを掛け合わせた事例がないので、データが持つ価値は極めて大きいと考えています。

医薬品の研究開発へのdBMの活用

高橋:dBM開発により疾患そのものをより深く、正しく理解することで、従来とは異なるアプローチで医薬品の研究開発を行うことが可能になると考えています。まずは、長期的なデータの取得と、それぞれのデータの掛け合わせにより、これまでにない価値を見出すことができるかどうかの検討が必要となります。

dBMの実用化に向けた2つの流れ

橋本:日本の創薬研究・臨床開発や医療現場でdBMを活用しようという動きは、海外と比較するとまだ活発ではありません。一方、海外における成功事例も未だ限定的でdBM活用は発展途上にあります。そんな中、dBMを臨床試験のエンドポイント(臨床試験における治験薬の有効性や安全性をはかるための評価項目)とした取り組みの成功事例が報告されはじめ、患者さんの診断・治療といった医療現場における活用への期待も高まりつつあります。

臨床エンドポイントとしてのdBM活用事例

橋本:2018年から医薬品の臨床試験でdBMを有効性評価項目(臨床試験において、治療行為の有効性を示すために用いられる評価項目)として活用する事例が相次いで報告されています。例えば、中外製薬が2002年から戦略的アライアンスを組んでいるスイスのロシュ社では、医薬品の臨床試験において、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者さんの日常的運動能力を定量化するdBMを有効性評価項目としてPhase3試験(多数の患者さんについて、標準的な医薬品や偽薬などと比較して有効性と安全性を確認する臨床試験)に利用したことを公表しています※1, 2。ロシュ以外の製薬企業でも、間質性肺疾患患者の身体活動を評価するdBMが医薬品開発のエンドポイントとして活用されています※3。また、アトピー性皮膚炎患者のそう痒を定量化する掻破動作に関するdBMが将来のエンドポイントとしての活用を目的に開発されています。

医療現場におけるdBMへの期待感の高まり

橋本:海外における様々なdBM活用事例を受け、国内の医療現場においてもdBMを活用した患者モニタリングへの期待感や関心が高まってきていると感じています。心拍数、血中酸素飽和度、血圧などウェアラブルデバイスによって測定可能なバイタルデータが医療に利用され始めています。また、現在は研究段階であるものの、ウェアラブルデバイスによって非侵襲的に測定される血糖値や血中脂質なども、採血に代わる検査方法として患者さんのモニタリングに利用されることが期待されています※4。

※1 https://classic.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT05096221(参照日2023年11月15日)
※2 https://www.ema.europa.eu/en/documents/scientific-guideline/qualification-opinion-stride-velocity-95th-centile-primary-endpoint-studies-ambulatory-duchenne_en.pdf
(参照日2023年11月15日)
※3 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34678128/ (参照日2023年11月15日)
※4 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33291519/ (参照日2023年11月15日)
参考
https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/g75una0000002by1-att/CL_202306_TF1_3_dBM.pdf (参照日2023年11月15日)

dBMを活用するにはどのような課題があるのか

国内の規制の整備

李:規制については、日本では、dBMの活用に関する規制はまだ十分に整備されていません。日本製薬工業協会の医薬品評価委員会のタスクフォースが報告書を作成していますが、国としての具体的なガイドラインや規制はまだ存在せず、dBMの活用は一部の研究や試験的な取り組みに限定されています。一方、欧米ではdBMの活用に向けた規制やガイドラインの整備が進んでいます。例えば、FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)はデジタルヘルス技術に関するガイドラインを発表し、EMA(European Medicines Agency:欧州医薬品庁)もdBMに関するガイドラインを発表し、dBMの開発と使用を推進しています。日本でも、これらの規制やガイドラインの整備が進むことで、dBMの信頼性と有効性が確保され、患者さんのプライバシーとデータセキュリティが保護されるとともに、データの利用と共有が促進され、医療やヘルスケアの発展に寄与すると考えます。

dBMデータのバリデーション(信頼性の保証)

また、データの取り扱いについても、データの質と精度、解釈と利用、臨床バリデーションなどの課題が残ります。理想的なシナリオでは、事前に定義した臨床課題や仮説に基づいて高品質なデータを収集します。その後、収集した大量のデータを意味のある情報に変換し、それを臨床的な意思決定に活用します。さらに、dBMの有効性と信頼性を確認するために、厳格な臨床試験とバリデーションを実施し、エビデンスを創出します。しかし、この一連の流れをスムーズに進めるためには、各ステップで直面する課題やチャレンジを克服する必要があります。
 
これらの課題を解決するためには、デジタルヘルス企業・行政・医療機関・患者と連携してdBMの有効性と信頼性の確認を進めていく必要があります。例えば、高精度なデバイスやアプリの選定と改良、dBMデータ解析と解釈のケイパビリティの向上、有力なステークホルダーとパートナシップの形成など、私たちヘルスケア企業が働きかけていくことが重要だと考えています。

中外製薬が取り組むdBM開発

中外独自の動作判別モデルを構築し、dBMを自社開発するケイパビリティ取得を目指す

橋本:我々dBMグループは現在、社内ボランティアから取得したセンサデータからヒトの動作の種類を判別するモデル構築のトライアルを行っています。
本トライアルは、どのようなdBMを開発するのかという「ゴール」設定、ゴールに向けて取得すべきセンサデータの種類や取得頻度の検討、データそのものに関するナレッジ、欲しいデータを得るための試験計画策定、ボランティアのコントロール、判別モデルの構築など、まずは自分たちで経験し試行錯誤しながら学ぶことを目的としています。

dBM開発トライアルで得た知見とは

たとえば、ウェアラブルデバイスで生体データを正確に測定するためには、被験者への指示の仕方にも工夫が必要だとわかりました。「左の手首にスマートウォッチを付けてください」というシンプルな指示では上手くいかず「左の手首(外側)にスマートウォッチを装着してください。その際、手首にある骨の出っ張り(茎状突起)よりも1~2cm程度前腕部寄りの位置に、ウォッチと皮膚の間に隙間ができないようにしてください。」と指示すると、精度の高いデータが取得できるといったようなことです。今回のトライアルではdBMの実用化に向けて、欲しいデータを意図した通りに取得するためには、どのように試験を計画しボランティアに説明すべきか、また実施して初めて気付くデバイスの動作トラブル、外部環境による影響や想定外のデータ挙動といった、実践的な知見を得ることができました。
 私たちが目指している、患者さんへの真の価値を提供できるようなdBMを創るための第一歩を踏み出せたと感じています。

社内におけるdBMの活用を促進するための取り組み

李:dBMグループが発足した当初は、多くの社員がdBMはNice-to-haveという認識を持っていました。しかし最近では、dBMを活用した様々なユースケースが出てきたこともあり、dBMへの期待、要望が増えてきました。私たちは社内の医薬品開発プロジェクトチームと連携し、dBMのコンサルティングと推進を行うことで、開発部門の方々のdBM活用をサポートしています。
ロシュとはお互いのプロジェクト内容を共有し、ロシュが持つdBMの活用事例におけるlessons learned(学んだ教訓)を日々吸収しています。dBM活用における世界のリーダー的存在であるロシュのdBM開発チームと密接に関わることができるのは中外の魅力の一つです。

dBM開発者で活躍する人財とは

高橋:dBM開発という言葉が持つ最先端のイメージとは違って、実際は泥臭い仕事です。dBM開発は新規事業を立ち上げるような先の見えない取り組みでもあり、不確かな状況でも、「まずはやってみよう」というチャレンジ精神を持ち、期待通りにいかない場面でも、前向きに取り組むことができる方は楽しめる職場だと思います。

dBM開発担当者としての夢、今後の展望

高橋:世界中の患者さんに独自の価値を一番乗りで提供し、世界から期待されるdBM開発チームを作ることが目標です。そのためにも、dBMに関する情報をいち早くキャッチするとともに、今回のnoteのように、私たち自身でも情報を発信していけるようなチームであるべきだと思います。
橋本:医薬品の開発、特に中外製薬が注力する早期臨床開発段階において、dBMがプロジェクト課題解決の有望な選択肢になり得るという共通認識を形成し、臨床開発の効率化や成功率の向上に貢献したいです。また、dBMを医薬品の付加価値向上にも利用すべく、プロジェクト推進の社内体制を整備したいと考えています。実際にプロジェクトでdBMを活用し成果が上がるまでにはまだ少し時間がかかると思いますが、目標達成のために社内外でステークホルダーとの連携強化を行っていきます。
李:dBMをはじめ、ヘルスケアを取り巻く様々なデジタル技術を駆使して、個別化医療が提供される世界を実現したいです。乗り越えるべき障壁はありますが、ヘルスケア×デジタルのセンスで価値を出す人財になり、夢の実現に貢献したいです。



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