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DXで患者さん中心の臨床試験を実現。「患者中心」と「臨床試験の効率化」を同時にかなえる分散化臨床試験(DCT)の取り組み

「患者さんに寄り添った治験手法を選択できる社会にしたい。DCTが実現すれば、治験参加の地理的・心理的なハードルが下がり、新薬開発のスピードは上がることが期待できる。」と語るのはトランスレーショナルリサーチ本部 早期臨床開発部の宇田川です。製薬会社が医薬品の承認を得るため、薬の安全性や有効性を確認する臨床試験を「治験」といいます。中外製薬では、治験に参加する患者さんの通院負担を軽減し、医薬品の開発期間を短縮する取り組みとして、デジタルも活用した従来の治験とは異なる分散化臨床試験(Decentralized Clinical Trial、以下DCT)を推進しています。今回のnoteでは、国内外でDCTの導入を主導するチームの社員にインタビューし、DCTによって患者さんが得られる価値、普及のための課題、目指す未来について聴きました。

宇田川 俊一(トランスレーショナルリサーチ本部 早期臨床開発部)
2007年入社。臨床開発全般に従事。早期臨床開発のStudy LeaderやClinical Leaderを経て、現在はより良い治験環境構築や業務改善等を目指した機能横断的なタスクやプロジェクトに携わる。

-分散化臨床試験(DCT)とは何ですか

宇田川:Decentralized Clinical Trial(分散化臨床試験、以下DCT)とは、医療機関に来院して実施する従来の治験に対して、来院を必ずしも必要としない治験手法です。「来院に依存しない臨床試験」とも呼ばれています。

従来の治験では、治験の参加者(以下、被験者)に対する治験の説明と同意、治験薬の処方、投薬(注射剤など)、各種検査などのほとんどのプロセスは医療機関で実施されており、来院が必要です。
つまり、治験に関わる全てのリソースやプロセスが医療機関に集約されていると言えます。一方、DCTでは、治験薬の配送、オンライン診療、訪問看護や被験者が装着するデジタルデバイスなどの活用により、治験に関わるリソースやプロセスを被験者に集約するという、新しい治験の手法です。

-DCTの導入は患者さんにどのような価値を提供できると期待できますか

宇田川:被験者にとっては治験参加にともなう通院の負担が軽減され、一人一人にあわせた柔軟な治験を行うことができる点が最大のメリットです。
さらに、医薬品の開発期間の短縮というメリットも期待されます。DCT導入により今まで治験にアクセスできなかった患者さんが治験に参加できるようになると、被験者をリクルートするプロセスが効率化され、結果的に治験全体にかかる期間を短縮し、新薬をより速く患者さんに届けられる可能性があります。

-ウェアラブルデバイス等のデジタル技術はどう役立ちますか

宇田川:DCTではスマートフォンやウェアラブルデバイス等のデジタルデバイスを被験者に使用してもらい、測定したデータを医療機関でモニタリングすることにも取り組んでいます。
このようなデジタルバイオマーカー(デジタルデバイスから得られるデータを用いて、病気の有無や治療による変化を客観的に可視化する指標)の使用により被験者の変化をリアルタイムで取得できるようになります。今後デバイスから得られるデータの質と量が向上すると、細やかなケアが被験者毎にできるようになると期待しています。

-DCTの普及が日本は遅れているそうですが、その理由、解決方法は何でしょう

宇田川:確かに日本のDCTの普及は、海外、特に米国に比較して遅れをとっている状況です。しかし、治験に協力いただく医療機関の医師やCRC(治験コーディネーター)とお話をさせていただいている中で、DCT導入に対する関心や期待が高まっているという変化を私は感じています。

DCTの導入が進まない理由の1つが、既存の治験プロセスや体制を変える必要があるという点です。DCTを導入することは、治験に携わる医療関係者の方にとっては、新たなデジタルデバイスのセットアップや被験者への説明、バックアップなどの新たな対応や操作の習得が必要になります。治験依頼者にとっては、一時的なシステム導入費の追加などコスト面でのハードルもあります。また、被験者の中には、医療従事者との対面コミュニケーションをとることで治験に対する安心感や満足感が得られるという方もいらっしゃいます。そのため、そのような被験者のニーズにも寄り添ったDCTを計画する必要があります。

また、私たちが医療機関の治験担当者の方にDCTについてご説明し、DCTの意義に賛同いただけても、導入に踏み切るにはやはり様々なハードルや懸念事項があることがわかりました。
このような経験から、私たちは医師、CRC、サービスプロバイダーなど治験に携わるステークホルダーと本音で話し合い、DCT導入の意義や期待効果を共有し、理解を深めていくよう心がけています。被験者にとって最良の治験を提供したいという共通の目的があり、たとえ困難があってもやるべき方向性が明らかになったとき、DCTの導入が広がっていくと思います。

-中外製薬におけるDCTの取り組みの方針を教えてください

宇田川: 臨床開発に携わる多くの機能、安全性や薬事機能などからメンバーが集まって、タスクとしてDCTを推進しています。行動指針として、大きく3つあります。
 
1つめは、DCT導入検討を促進し、検討に対する経験値を蓄積すること。

2つめは、上手くいかなかった事例も含め、DCTの経験値を積極的に社内外に共有すること。これによって、中外製薬だけではない他の製薬企業も含めたヘルスケア領域全体のDCT推進につながることを期待しています。

3つめは、ステークホルダーの方々との連携・関係強化・未来に向けたディスカッションを絶えず行うことです。治験に携わる様々な立場の方の経験や専門的な知見を融合することで、我々一人ではなし遂げ得ないDCTの普及による患者中心の医療の実現が達成できると信じています。

-これまでのDCT導入事例を教えてください

宇田川:中外製薬では、国内外の治験や臨床研究において、複数のDCTの導入トライアルを実施しています。海外(米国)では、被験者登録から治験終了時まで、一切来院を伴わないフルリモートDCTを実施し、全ての治験プロセスを被験者宅で実施することで、米国全土から被験者を募ることができました。
国内では、被験者に治験内容を説明してメリット・デメリットを理解いただいた上で治験参加の同意を文書にて取得するIC(インフォームドコンセント)を電磁的に行う、「eConsent」という手法を実施しました。治験のICは被験者の人権保護のための必須事項であり、従来は被験者が医療機関に来院し、書面での説明を受け、同意書にサインをするプロセスが実施されていましたが、eConsentはテキストや動画、時にはオンライン診療を活用することで医療機関以外の場所でもIC取得ができるので、被験者の通院負担の軽減が期待できます。

-eConsentによる被験者、医療機関の反応はいかがでしたか

宇田川:トライアルでは、動画を用いた治験の説明が非常に好評でした。アニメーションや音声を用いて説明を補助することで、治験への理解を深め、被験者の不安を解消する一助となるという意見をいただきました。一方、導入に協力いただいた医療機関からは、デジタルデバイスを用いて同意を取得する際の操作性の問題や、予期せぬ機器トラブルなど、運用上の混乱や負担が発生し、慣れ親しんだ紙を用いたプロセスのほうが良かったという意見もいただきました。
今回はICプロセスにおける紙を用いた部分を、単純にデジタルデバイスに置き換えたことが原因と考えています。この経験からeConsentに限らず、紙を用いることが前提になっている従来の治験プロセスを抜本的に見直すことで、DCTの期待効果を十分に発揮できるのではないかと感じました。

-これまでの経験による学び、DCTの普及に向けた展望を教えてください

宇田川:トライアルを開始してから、医療機関をはじめ治験に関わる様々な職種のプロフェッショナルの皆さまと私たち中外社員との距離が近くなり、DCTの導入・普及という大きな課題を目の前にし、立場や会社の垣根を超えた一つのチームになったように感じます。「中外製薬となら、このDCTを進められる」と治験に関わるステークホルダーの皆様に感じていただき、共に挑戦して経験の共有を継続していくことが、とても大事だと学びました。


DCTタスクフォースのメンバー

将来の展望でいうと、私たちは、DCTの普及と環境の整備により、地域、さらには国境を越えた治験を目指しています。今でも既に国際共同治験が行われ、複数の国や地域の被験者が、居住国内の医療機関において治験を実施していますが、DCTを活用することで、日本居住者が他国の治験に参加することができ、その逆に日本国外の居住者が日本の治験に参加することができる未来が訪れるかもしれません。
被験者の安全性をどのように担保するのか、国ごとに異なる様々な規制をどのように遵守するのかなど、課題は多いですが、患者中心の医療の実現に向けて、私たちはこれからも挑戦を続けます。

インタビュア・文
胡桃 里枝子(中外製薬 デジタル戦略推進部)