マイクロソフトにてDX戦略アドバイザリ部門の責任者として多くの企業を支援する立場から、中外製薬の DX戦略推進リーダーに転身。鈴木貴雄 DX ユニット⻑が語る、事業会社がDXを成功させる要素とは
ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す中外製薬は、成長戦略の実現に向けたキードライバの1つとしてDXを推進しています。「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」で描いたPhase1の「人・文化を変える」は2021年に完了し、Phase2「ビジネスを変える」は今がまさに佳境。この先、Phase3「社会を変える」へ繋げていくという過渡期にある現在、デジタルトランスフォーメーションユニット長に就任した鈴木貴雄に、いま感じている社内の課題や今後の展望について詳しく話を聴きました。
「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」について
【プロフィール】
鈴木貴雄 中外製薬株式会社デジタルトランスフォーメーションユニット長
2000年にNTTコミュニケーションズ株式会社に入社。大手法人向けのSaaS開発やコンサルティングを経て、米国で金融基幹系システムのアーキテクトとプロジェクトマネジメントに従事。帰国後、グローバル営業戦略推進責任者、中国南部拠点総経理、グローバルIT事業者の営業責任者などを歴任。2018年にマイクロソフトへ転職し日本及びアジアにおけるグローバル顧客のDXアドバイザリーチームの責任者を務める。2024年より現職。
--これまでエンジニアやDXアドバイザリとして活躍していたそうですが、改めて経歴と、その経験から学んだことについて教えてください。
ITエンジニアからキャリアをスタートしました。これは、私にとって非常に素晴らしい機会だったと実感しています。現在は「クラウドの時代」と言われていますが、クラウドの営業している人ですら、クラウドがどう動いているか、どうやって作られているかを知らないことがほとんどです。もちろん、すべてを知っている必要はありませんが、やはり中身を知っていると理解が進み、どのようにテクノロジーを活用すべきかのみならず、まさに日進月歩の技術進化にも追随することができます。私が「どうやったらイノベーションを生み出せるか?」をアーキテクチャー的に考えることができるようになったのは、このエンジニアの経験があったからだと思います。
その後はビジネスディベロップメントの領域を担当しました。そのなかでは自分たちが作りたいものをきちんと検証もせず、いきなりフルセットで作って失敗するという経験もしました。現在ではまず仮説を立て、フルセットではなくごく一部の機能を作り、価値をきちんと確認してから次のフェーズへ繋げ、段階的に最終ゴールへ近づけるMVP(Minimum Viable Product)によるアプローチが一般的です。いわゆるアジャイル開発のプロセスですね。当時はそういう思考がなく、残念な結果になりましたが、その経験が現在のデザイン思考やアジャイル思考につながっていることは間違いありません。
--前職はマイクロソフトでのDXアドバイザリでしたね。
はい。アドバイザリとはトップ企業のCxO(Chief x Officer:組織責任者)らと語りながら問題をより深掘りし、それに対して仮説を立て、議論をしながら課題を設定し、ハイレベルな課題解決のアプローチを考えて実現していく仕事です。実際は、詳細な戦略を立て推進を伴走するのはパートナー会社などと連携し、アドバイザリとしてはまず徹底的に、「なぜ大きな変革をしなければならないのか(Why)」を考え、次に「何を変革しなければならないのか(What)」をしっかり考え、最後にさらりと「どうやって変革しなければいけないのか(How)」考える。まさに私がキャリアで失敗してきたことが、非常に生かされていると感じた仕事でした。
また、外資系企業や海外での勤務を多く経験したことにより、ダイバーシティやインクルージョンという考え方も学びました。イノベーションを生み出すためには、ダイバーシティやインクルージョンが重要ですが、「多様な考え方を持った人をうまく調整し、箱におさめるにはどうしたら良いか?」を考えるのが日本のやり方だとしたら、欧米では「個々の才能をイノベーティブな方向へ働いてもらうためには、どのようにすれば良いか?」と自由に考えます。たとえば極端に大きかったり、半分が欠けていたりする歯車でも、決してそれらを排除せず、逆に強みとするためにできることを考えるというのが欧米の手法です。こういう姿勢を身につけることができたのは、これまでの経験によるものと感じています。
--それらの経験の後、デジタルトランスフォーメーションユニット長に就任しました。改めて、DXの魅力はなんだと思いますか?
「人間が想像できることは、いつかは必ず実現できる。」DXの魅力は自由に発想を働かせ、際限なく変革していけることだと思います。そもそもDXを必要としない業界はほとんどなく、一つの組織のなかでもさまざまな部門がDXを活用してビジネスや社会の変革を推進しています。そのように貢献のフィールドに制限を設けず、どこでも活用できるところがDXの面白さです。
私は、事業会社がDXを成功させるためには重要な要素が6つあると考えています。1つ目が「リーダーシップの本気度とコミットメント」。2つ目が「リード役の組織を作る」ということ。まずはリーダーが「絶対にやるぞ」という本気を周囲に示し、実現するためにきちんとした組織を作ることが必要で、熱意のあるリーダーがいて、その熱量をもってDXをリードする組織があるからこそ、道を切り開く先兵になれる、と考えています。
3つ目が「明確なビジョンと戦略」の存在です。中外製薬に入って素晴らしいと感じたのは、DXのビジョンや方向性、戦略が明確に打ち出されており、すべての社員やパートナーが自分の組織だけでなく他の組織とも手を携え一緒にデジタル変革を進めているということです。この「協働によって具体的な成果を生み出す」という姿勢はさらに強化する必要があり、これが、DX成功のための4つ目の要素です。5つ目の要素が「人財育成・風土改革」です。デジタルはあくまでもツールであり、それを使いこなしてアウトカム(成果が与える大きな影響)を生み出すことが重要です。中外製薬にはその担い手を社内で育成する「Chugai Digital Academy」という仕組みもあります。また私がユニット長を務めるデジタルトランスフォーメーションユニット(DXU)は積極的にキャリア採用を実施し、チームを構成していますが、そういったダイバーシティに富んだ組織で新たな変革にチャレンジするという、変革のマインドセットの浸透もなされています。
そして最後の6つ目は、さらに手を広げて「業界を超えた企業との協業」です。製薬業界のなかだけで考えても、なかなかイノベーションを生み出すことはできません。しかし外部の人たちとコミュニケーションすればあっさりと策が得られるかもしれません。「え、そんなことで困っているの? うちはこんなことをやっているよ」「あれ、それって私たちがブレークするのに使えるのではないか?」というひらめきもあるはずです。
そもそもイノベーションとは、AやBという既存の価値を組み合わせ、シナジーを生み出して新しい価値を創出すること。そのためには、たくさんの人を巻き込んでビジョンを共有し、どれだけ自分がオープンマインドセットになってイノベーションを支え、小さい成功と失敗を高速に繰り返してゴールに近づいていくかが成功の鍵であり、これこそ、デジタル時代の現在、あるべきビジネスの進め方なのではないかと思います。
--「こんな企業と手を組んだら面白いのでは」など、協業について考えていることはありますか?
たとえば、BtoCの企業との協業です。そもそも私たちは誰のために働いているのかといえば、患者さんや医療関係者という“個人”のためですよね。そのため、私たちは個人を意識する必要がありますが、当然、私たち単体では世界の80億人とつながることはできません。でも、例えばXやInstagram、LINEヤフーといったプラットフォーマ―と手を組めば可能かもしれません。
その一方でテクノロジーパートナーを選ぶときには、相手を慎重に選択する必要があります。私たちはリアクティブではなくプロアクティブになって「こうしたことの実現を目指しています」と自信をもってビジョンを示し、それに対して共に挑戦してくれる企業と手を組むことを考えなければいけないと思っています。
--そのほか現在、中外製薬のDXで見えている課題にはどのようなものがあると思いますか?
1つ目は、残念ながらいまだ縦割りの組織風土が残っていると感じます。それを改善する手段として、これからは人事などコーポレートとも協力して組織やプロセス、カルチャーや仕組みを導入することで変えることに取り組んでいきたいと考えています。
2つ目は、当社の社員はロジカルシンキングは得意ですが、クリティカルシンキングが苦手に見えます。GxP(Good x Practice:GCPやGMPなど医薬品の開発や製造販売などに関わる機能の実施基準やその根拠となる法令)はじめ製薬企業の各種規制やルールを守ることは患者さんの生命を守るためにもちろん大切なのですが、それに発想を縛られている感があるということ。場合によっては「みずから制約を課し、身動きが取れずにいるのではないか」と感じることもあります。
確かに製薬会社は人の命を扱う仕事ですから絶対にミスなく、安全性や信頼性が担保された医薬品やサービスを提供しなければなりません。しかし同時に既存にある規制やルール、常識を疑わなくなったら人間が介在する必要はなくなり、将来的にはすべてAIに任せれば良いということになってしまいます。なぜなら人間よりも、機械のほうが正確性では上だから。既存の規制やルールを守るだけなら、機械に任せた方が圧倒的に有利になる時代もすぐくるでしょう。
そこに人間が介入する意味があるとしたら、「なぜ、そのように規制されているのか」「そのルールに間違いはないのか」「こういう常識を変えたらもっと良くなるのではないか」と疑問を持つこと。常識を疑うマインドセットを持たないと、いつかディスラプトされるかもしれません。
--今後、中外製薬が直面するであろう課題と、その解決策については、どのように考えていますか?
中外製薬に限らず、製薬業界は変化が遅い業界だと感じます。規制やルールが厳しいこともあり、変化が起こりにくいのでしょう。しかし、規制やルールを守っていれば大丈夫というカンファタブル(安定)な状態に浸ってしまうと、何か大きな時代の節目に立ったとき、その安定した状態が突然崩壊したり、新たな競争が勃発したりしてしまいます。だから未来を予測し、必要な手立てを講じつつ、その一方で、アスリート的な組織をめざし、変化対応力のある体制を構築しなければいけないと考えています。
現在は、先が読めない不確実な時代です。そのなかで大きなインパクトを生み出し、社会に影響を与えようと思ったら、1社でできることは限られており、業界の垣根を超えてパートナーシップを構築しなければなりません。周囲から「中外製薬と一緒にやりたい」と思われる組織や個人であるために、私たちの熱意とビジョンをもっと世界にアピールする、そして多様な能力を持った人が集まるダイバーシティな組織を築いていく。そうすることが、やがて大きな価値やイノベーションを生み出すプロセスへつながっていくのではないかと思います。
デジタルで変える、ヘルスケアの未来。|CHUGAI DIGITALコンセプトムービー |Phase2(long version)
インタビュア:胡桃 里枝子(中外製薬株式会社 デジタル戦略推進部)