中外DX部門の社員がベンチャー企業へレンタル移籍、積極的に“はみ出して”たどり着いた共感と貢献
中外製薬には社内デジタル人財を体系的に育成する「CHUGAI DIGITAL ACADEMY(CDA)」という仕組みがあります。CDAは育成プログラムの社外への提供や人財交流にも取り組んでおり、中外のDX人財がベンチャー企業へレンタル移籍して事業開発に挑戦する「越境プログラム」(ローンディール社提供)を昨年より開始しました。今回は1年間の越境プログラムを修了した社員と、受入れ先のベンチャー企業の伊藤玲哉先生(トラベルドクター代表取締役・医師)にインタビューし、双方で感じたプログラムの魅力、得られた価値創造について聴きました。
越境プログラムに参加したきっかけは?
―メイン業務から少し外れて「積極的にはみ出そう!」
石部:私は入社して約5年、医療情報担当者(MR)として営業部門で働き、その後9年近く、オンコロジー領域のマーケティングで様々なプロジェクトをリードしました。2020年からはデジタル戦略推進部に所属し、営業部門での経験を活かしてデジタルマーケティングの高度化と普及を推進。全社横断でデジタル化を推進する醍醐味とやりがいを感じていました。しかし、複数の組織が関わるプロジェクトは組織間の利害が絡み、意思決定が遅れることもありました。各組織において重要なプロセスがあることは理解しつつも、もどかしさや徒労感は否応なく感じていました。自分自身でも定義できない不満や不確かな感情と向き合う場所を探している時に、越境プログラムの案内がありました。私は常に「積極的に枠をはみ出そう!」という意識を持ち、メイン業務から少し外れた新しいことに積極的にチャレンジしてきました。スティーブ・ジョブズが語った「Connecting the dots(点と点を繋げる)」という考え方に共感しています。これは新たなチャレンジの機会になると、越境プログラムへの参加を希望しました。
複数のベンチャー企業と面談してオファーをいただきましたが、最終的にトラベルドクターを移籍先に決めました。トラベルドクターの素晴らしい事業に共感し、社会的に意義のある事業を成功させるチャレンジと、社員が3人と少なく経営に直接関わる機会のあることが決めてでした。厳しい状況に立ち向かうことが、きっと自分の糧になるだろうと信じていました。
伊藤先生がレンタル移籍の仕組みを取り入れた理由、石部さんの第一印象は?
伊藤氏:トラベルドクターは、私が医師としてボランティア活動を通じて得た終末期患者への旅行サポートの経験を元に、2020年に立ち上げたベンチャー企業です。私たちは、病気の方々が旅行を実現するという願いを中心に活動しています。ただし、個々の願いを叶えるだけでなく、社会全体のシステムを構築することにも力を注いでいます。その理由は、私一人の力で叶えられる願いは週に1回、年間で約50人分が限界だからです。それに対して、日本では年間140万人が亡くなっています。私は医師として、患者さんの後悔や願いを日々聞きながら、一人一人だけでなく、病気になったとしても生きることを望む全ての人々の願いを叶えるための社会システムを作ることを目指しています。
起業したばかりの頃、会社を持続的に成長させるためには、医療だけでなく旅行業界全体を理解することが必要だと感じました。そのためには、医療以外の分野の専門家との交流が重要です。レンタル移籍という制度は、異なる文化やバックグラウンド、価値観を持つキャリア人材を社員として迎え入れ、共に働くことができる仕組みで、非常に魅力的でした。
2021年に初めてレンタル移籍を導入した時、私たちは自社で福祉車両を保有し、運用できるようになりたいと考えていました。自動車会社から一人の方が参加してくれ、彼の協力により、持病を抱えた旅行者(私たちは患者さんを「旅行者」と呼びます)の旅行を安全にサポートする福祉車両のデザインが実現しました。それは、医療以外の分野の専門家を交えて、私の目指すビジョンを具現化するという希望を叶えるものでした。
今回はレンタル移籍制度を通じて2人目のメンバーを迎え入れました。本来ならば医療以外の分野からの参加者を望んでいましたが、初めて石部さんと面談した際、彼の中外製薬での実績と仕事への情熱、そしてトラベルドクターで患者に貢献したいという強い意志を感じました。彼と一緒に仕事をすることで、私自身が経営者として成長し、会社もさらに良い方向へ進むと確信しました。
トラベルドクターでの仕事と双方で感じたレンタル移籍の価値
石部:トラベルドクターに移籍した初期段階で、私はITシステムを統一し、社員の作業効率と業務プロセスの標準化を目指しました。この統一化により、ITツール間の連携が向上し、資料の探しやすさなど作業効率が大幅に改善されました。業務の骨格を理解した上で、チームマネジメントに必要な改善点を提案も行いました。これにより、同じ問題を抱えていたが表現できなかったメンバーが感情を開放し、チームの雰囲気が劇的に変わりました。その結果、「対話の時間」が重要なチームマネジメントの一部となりました。
移籍して2か月後、旅行を控えた乳がん患者さんの突然の訃報に接し、チーム全体がその無念さと無力感を共有するという出来事がありました。その経験から、病状が刻一刻と変わる患者を優先的に対応するトリアージシステムを提案し、チーム全体でそのフローを確立しました。このシステムにより、時間が限られた患者さんの願いを叶えることを目指しています。
また、毎日のように「事業に感動した、できることは何でも手伝いたい」や「昔関わった患者さん・ご家族を思い出して涙が止まらない」というメールが届くことに深い印象を受けました。私が以前マーケティング業務を担当していた時には、このような経験はありませんでした。それはまさにカルチャーショックで、事業に対する「共感」が生み出す力、そして旅行者への「貢献」と「思い」がどれだけの影響を及ぼすかを身をもって感じました。
伊藤氏:石部さんの加入は、私たちトラベルドクターにとって大きな転機となりました。私たちは、世界にまだ存在しないサービスを、医療関係者だけのチームでゼロから立ち上げましたが、メンバーはITシステムの使用経験が少なく、メールの作成から始まり業務を遂行するための基本的なITスキルが不足していて、試行錯誤しながらサービスを提供していました。この状況が、石部さんが参加したことで、大きく改善したのです。彼は事業の加速だけでなく、スタッフ間のコミュニケーションや心身の負担など、細かな問題にも配慮してくれました。さらに労務や法務など、経営全般についても関与してくれ、私自身も組織運営についてより広範な視野で考えることができるようになりました。
大企業とスタートアップの融合:新たな挑戦への期待
―共感・貢献・想いがもつ大きなパワー
石部:レンタル移籍を経験する前の私は、チームマネジメントやプロジェクトリーダーを務める時に、個人の成果と組織の目標とのバランスを取ることや、自分の責任範囲をどう置くべきかに自信を持てず、型にはまったやり方に固執し、自分らしさを失っていると感じることもありました。しかし、トラベルドクターでの新たな挑戦を通じて、感情と論理をバランス良く使うマネジメントスタイルを学び、視野を広げ、戦略的に考えることと共感を一つに集めて行動することの重要性を学びました。
中外製薬に戻ったいま、生成AI活用推進を務めています。この役割では、各社員が自分自身が納得できる意義を見つけ、主体的に行動するようサポートすることが重要です。「便利なシステムを作り、売上などの数値的な成果を上げれば社員はついてくる」という表面的な考え方ではなく、トラベルドクターで体験した「貢献」「想い」「共感」そして「共感の輪の拡大」を重視し、新しい仕事に取り組んでいます。
伊藤氏: レンタル移籍は、自分自身で手を挙げて、異なる文化を持つ新たな環境に飛び込む勇気が必要です。しかし、それは転職や辞職をせずに、大企業に所属しながらスタートアップへの「移籍」を通じて得られる、非常に貴重な経験や知識を得る機会だと思います。
大企業で働く友人と話すと、大企業だからこそ見えにくい価値があることを感じます。例えば、製品を作る技術者は、その製品を使う人の反応を直接見る機会が少ないです。また、新しいものが常に生まれ、動きが速いスタートアップと比べて、大企業では、既存の組織やプロセス、共通言語に縛られ、事物やプロジェクトが決まった型にはまり、結果的に動きが遅くなることもあります。これを改善することは、大企業の成長に大きな影響を与えると思います。
新たな環境に飛び込み、何かを学ぶことは、企業が求める創造性と革新に繋がると考えています。石部さんはスタートアップで全体を見て経営にも関わる経験をしました。その経験から、共感を得る方法や、ロジックではなく感情で動く方法を学びました。トラベルドクターでは石部さんは私の右腕、いえ、それ以上の存在でした。これからは彼が主役となり、自身のプロジェクトを進めていくことでしょう。石部さんが新たな挑戦をする中で、トラベルドクターで得た経験が役立つことを願っています。
インタビュア・文
村上雅生子(デジタル戦略推進部)