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RWD推進のカギとなる要素―医療現場のニーズに答え、多様なステークホルダーと連携する

中外製薬が創薬研究で推進するRWD(リアルワールドデータ)利活用。今回は、多発性骨髄腫でのRWD研究に取り組む当社の今津恭平と、研究アドバイザーである群馬医療福祉大学の村上博和先生にインタビューし、実臨床におけるRWD利活用の状況、医療現場のニーズ、RWD推進に向けた課題について聴きました。
 
村上博和先生(群馬医療福祉大学 医療技術学部教授)
今津恭平(中外製薬 オンコロジー臨床開発部)

取材実施日:2023年10月30日
取材場所:群馬医療福祉大学

多発性骨髄腫とは

―まず最初に、村上先生、今津さんのバックグラウンドと、お二人が研究されている「多発性骨髄腫」がどのような疾患なのかを教えてください。

村上先生:私は群馬大学医学部の出身でして30年以上、地域を支える血液内科専門医として群馬大学附属病院に勤務していました。また、研究者として多発性骨髄腫の研究に携わり、日本骨髄腫学会理事長も務めました。その後、群馬医療福祉大学の設立に携わり、現在に至っています。今回はRWD研究がテーマの対談ということで、楽しみしております。
 
今津:私は中外製薬に入社して以来、臨床開発本部で臨床試験の立案や実施に従事してきました。以前は固形がんなど幅広いがん種を対象にしていましたが、現在は血液がん腫瘍をメインに医薬品開発における臨床試験の立案・遂行を携わらせていただいております。本日はよろしくお願いいたします。
 
村上先生:多発性骨髄腫は、国内において、悪性リンパ腫や急性白血病などと並ぶ主要な血液がんの一つです。この病気は、抗体を作る形質細胞が悪性化・増殖してさまざまな症状を引き起こすもので、特に強い痛みを伴う骨の病変や腎不全、貧血などが主な症状として現れます。1)
 
―年齢など患者さんの発症のしやすさに特徴はありますか。疾患の原因は何でしょうか。

村上先生:患者さんは高齢者に多く、発症のピークは70歳前後とされています。通常私たちの体を守るために抗体を生成する「形質細胞」とよばれる細胞ががん化して異常な増殖をするのですが、なぜそうなるかの明確な原因は分かっていません。1)
 
―村上先生が臨床の現場で感じておられる一番の課題は何でしょうか。

村上先生:近年、新しい薬が開発されて多発性骨髄腫の治療成績が向上し、患者さんの寿命が伸び、治療の期間も長くなる傾向にあります。そのため、今後求められる治療としては、長期生存だけではなく、患者さんのQOL(生活の質)を向上させることが重要だと考えております。特に、多発性骨髄腫の症状としてよく認められる骨の痛みや腎不全の進行を抑制することが重視されるようになっており、これにどう対応するかが新たな課題となっています。高齢で発症しても年齢に関係なく、全身状態を改善して楽しい老後を過ごせるように、私たち医療関係者は努めるべきだと考えています。
 
―村上先生が取り組まれる多発性骨髄腫の研究について教えてください。

村上先生:はい、私は臨床研究を通して、多発性骨髄腫の病因や薬剤耐性と遺伝子異常の関係を研究しています。血液がんでは、患者さんが最初に投与される治療薬はある程度の効果があるものの、徐々に効果が減少し、耐性が生じることが問題となっています。多発性骨髄腫の治療ではこの傾向が顕著であり、私は様々な遺伝子の異常を調べて治療効果の判定予測につながるバイオマーカーの検討や治療の候補となる標的分子を探すというアプローチで、研究を進めています。
 
―研究を実際の患者さんの治療に結びつけるには、どのような課題がありますか?

村上先生:遺伝子異常の研究で治療のターゲットとなりうる分子が見つかったとしても、実際の薬剤の開発に結びつけることは、僕ら医療関係者だけでは難しいというのは課題の1つです。やはり、研究室から開発へと知識を移行させるトランスレーショナルリサーチの実現が必要となります。膨大な資金やリソースが必要となるため、ここでは製薬会社などの協力を得ることが必要になります。

臨床開発におけるRWD研究

―村上先生からトランスレーショナルリサーチの重要性について話が出ましたが、今津さんも中外製薬で、基礎研究を臨床現場へと橋渡しする医薬品開発に取り組んでいます。その中でRWD研究はどのような意義をもちますか。
 
今津:医薬品開発を進める上で、開発品の臨床的な位置づけを検討することは非常に重要だと考えております。まず多発性骨髄腫の現行の治療実態の把握が難しい状況である中、RWD研究を通してより良い計画提案につなげたい。医薬品開発を進めるための手段の1つがRWD研究です。
 
―多発性骨髄腫の治療実態の把握が難しい理由はなんでしょうか。
 
今津:多発性骨髄腫の領域では治療薬の開発が進んでおり、多くの治療薬が承認されています。治療薬の選択肢が増えていること自体は望ましいことなのですが、併用療法の組み合わせも含め治療パターンが多様化していることが、各々の薬剤の使用実態が把握しづらい要因の一つだと考えております。

RWD研究で見えてきた、多発性骨髄腫の治療パターンの実態

 ―今津さんが今年の日本骨髄腫学会で発表されたRWD研究について教えてください。
 
今津:日本の多発性骨髄腫の治療パターンの実態を2016年から2021年まで可視化する研究を行い、その結果を日本骨髄腫学会で発表しました。研究の立案と実施にあたっては、実臨床での治療経験が豊富な村上先生にアドバイザーとして協力いただいています。
 
―研究ではRWDとしてMDVデータを利用していますが、なぜMDVデータを採用したのでしょうか。
 
今津:MDVデータは国内DPC診療報酬データを用いたデータベースです。複数のデータベースを検討しましたが、データベース上に登録されている患者母数が多いことからMDVデータを採用しました。一般にRWDには医療機関のDPC(診療群分類包括評価)データ、レセプトデータ、診療録情報(電子カルテの情報)等がありますが、今回の対象データはレセプトデータに限定しています。今回は患者母数をもとにデータベースを決定しておりますが、今後、利用できるデータベースが増え、RWD研究を実施する環境が改善できればよいと思っています。
 
―研究ではどのような発見があったのでしょうか。
 
村上先生:私は解析を始める前は、実臨床では3剤併用と呼ばれる比較的新しい治療レジメン*が多数派だと予測していたのですが、2016年から2021年までの期間において2剤併用の治療レジメンが最多を占めるという結果が得られました。一方で、2018年から2021年にかけて、3剤併用の治療レジメンの割合が少しずつ増えるという傾向が見られました。各々の治療レジメンが承認された後、その治療法が全国に広まるにあたっては徐々に浸透していくという時系列変化を捉えることができたといえるでしょう。
 
*治療レジメンとは:薬物療法を行う上で、薬剤の用量や用法、治療期間を明記した治療計画のこと2)
 
―今回のようなRWD研究の意義を、医療現場にどのように伝え、理解を得ていくのでしょうか。
 
村上先生:RWD研究は広い範囲の病院からデータを集めており、症例数が非常に多いことは医療現場にとってもインパクトがあると思います。多発性骨髄腫を専門とする臨床医の先生方が臨床研究の中で取得されるデータは最先端の治療に偏る可能性があるため、今回のようなRWD研究から見える実臨床での治療実態と比較し、どれだけ乖離しているのか把握することは重要であると考えます。もちろん、RWDにも精度やバイアスに弱点があります。RWDの様々な利点、欠点をしっかりと踏まえた上で、現場の先生方にRWD研究の重要性を説明していく必要があります。
 
―患者さんのより良い治療へのアクセス、アウトカム向上への貢献は、製薬会社の使命です。今津さんは中外社員として本研究をリードすることで、何を学ばれましたか。
 
今津:本RWD研究では、データベース全体における治療パターンの傾向分析を主としておりましたが、村上先生をはじめとして複数の医師の先生方から施設毎の治療パターンの解析にも興味があるとアドバイスをいただいております。しかし、利用したデータベースは国内DPC診療報酬データをもとにしたものであり、施設毎の傾向分析には限界があると感じております。例えば、診療録情報をもとに構築されたデータベースでないとできない解析もあることから、利用できるデータソースを拡充し、求めに応じて様々な切り口で解析ができるよう努めていくことができるとよいと考えております。患者さんの個人情報保護、診療録データであればご提供いただく医療機関の理解、そしてデータベース提供会社の協力など、様々な関係者との話し合いを進め、より良いRWD研究につながるように業界全体として取り組まねばならないと改めて実感しています。
 
村上先生:今津さんが今おっしゃったことは、私も重要なポイントとだと考えています。そして、治療の奏効率や生存期間をしっかり取得して評価し、治療法の改善とアウトカム向上に結びつけるというのが、RWD研究にとって一番大切です。

今後の課題~患者さん、行政、医療機関、企業の連携 

―RWD利活用の推進にあたって、これから解決すべき課題は何でしょうか。
 
村上先生:多発性骨髄腫専門の先生も一般の医療現場の先生も、RWDのような大きな医療データが欲しいのは皆同じです。しかし個人情報の問題やデータ基盤構築の課題があり、なかなか進んでいないのが実態です。その解決には、行政との連携は欠かせないでしょう。
 
また、患者さんの声も重要です。患者さん、患者団体の皆さまの切実な声が行政に届いて流れが変わり、そこに医療関係者と企業の努力も加わり、状況が変わっていくということを、私はこれまでも経験してきました。
 
今津:臨床開発を進めていくうえで製薬企業の立場としても、企業だけでは太刀打ちできない部分があります。そのため今後も、医療関係者、アカデミア、患者さん、行政などと一緒に連携していきたいと考えています。
 
―ありがとうございます。最後に、本日の対談の感想をお聞かせください。
 
今津:実は、先ほど紹介した研究を学会発表用に纏めた時に、自分の中では「終わった」という気持ちがあったんです。でもその後すぐに、村上先生はじめ様々な先生方から「研究を継続して続けてほしい」というコメントを頂き、はっとさせられました。今回のRWD研究の結果からも理解できた通り、本領域における治療は年々変わっていることから、今回得られたエビデンスを継続して創出することが、より良い価値提供につながります。村上先生との対談は、医薬品開発とともに今回のようなエビデンス構築を通して、患者さん、医療従事者、その他関わられるすべての方のためにどのように活動していくべきかを考える良いきっかけとなりました。そして、本研究は村上先生をはじめとした医師の先生方からの助言をもとに得られた結果であるため、今後も専門家の方々との協業を通し、画期的な薬剤、その他の価値創造を進めていきたいと思います。
 
村上先生:企業の方と一緒に研究をやっていても、このようにじっくり対話する機会はなかなかないので、今日の対談は意義深かったです。ありがとうございました。

写真左:今津恭平 右:村上博和先生

1) がん情報サービス 多発性骨髄腫 多発性骨髄腫について
https://ganjoho.jp/public/cancer/MM/about.html[2023年11月29日閲覧]
2) がん情報サービス用語集https://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/modal/regimen.html[2023年11月29日閲覧]

 ※本記事は患者さん向け情報ではありません。多発性骨髄腫の患者さん向けの情報は、国立がん研究センター がん情報サービスのサイト(https://ganjoho.jp/public/cancer/MM/index.html)や当社の患者さん向けサイト(https://oshiete-gan.jp/myeloma/)をご覧ください。

インタビュア・文
桑子朋子(中外製薬 デジタル戦略推進部 兼 広報IR部)