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薬を使った、治った、だから効いた、の「3た論法」にご用心

こんにちは、CHUGAI DIGITALです。
「薬を使って治ったからといって、その薬が効いたとは限りません」と言うと、ちょっと意外に思われるかもしれません。しかし、「使った、治った、だから効いた」という考え方は「3た論法」とも呼ばれ、誤りであることが医療業界の共通認識となっています。

なぜ「3た論法」は危ういのか? そして、製薬会社はどのように医薬品の効果を検証しているのか? 「宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ」のアニメ化に参画し、普段は臨床開発本部で統計解析に従事する松田裕也に聞きました。

松田 裕也
臨床開発本部 バイオメトリクス部統計解析第1G
大学で数理統計学を専攻し、中外製薬入社以来、生物統計の担当者として臨床試験の解析を実施。

「飲んだら治ったんだから」

松田:前回のnoteで大澤さんが紹介しました通り、「宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ」をアニメ化し、中外製薬の公式YouTubeチャンネルに公開しました。

全6話あるうち、私が特に多くの方にご覧いただきたいと思っているのが、第3話「飲んだら治ったんだから」というエピソードです。

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ある日、地球征服を目論む宇宙怪人のしまりす君は風邪をひいて寝込んでしまいます。

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そこで、よく効くとされる「ヨクナール」という風邪薬を飲んだところ、1週間後に治りました。

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元気になったしまりす君は「ヨクナール」が効いたと信じて疑いません。

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しかし、医療統計家の先生は言います。「本当に『ヨクナール』が効いたのかな?」

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「そりゃ『ヨクナール』を飲んだら治ったんだから、効いたに決まっているじゃないですか!」としまりす君。

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それでは、もし、しまりす君が風邪をひいたときに「ヨクナール」を飲まなかったら、風邪はどうなっていたのでしょうか? いつまでも治らないということは考えにくいですね。10日、それとも8日あれば治るでしょうか?

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ここで、少し整理してみましょう。もしも風邪をひいた6月1日に「ヨクナール」を飲まなくても、1週間後の6月8日に風邪がすっかり治っていたとしたら、「ヨクナール」は効かなかったということになります。

「ただし、しまりす君は既に『ヨクナール』を飲んでしまっているので、飲まなかったらどうなったかはタイムマシンでもない限り、確認することはできないよ」と先生。

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それを聞いたしまりす君は、タイムマシンに乗って(!)1週間前にひとっ飛び。

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今回は「ヨクナール」を飲まずに水分を多めにとって、暖かくして寝ていたところ、1週間後にはすっかりよくなっていました。

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つまり、「ヨクナール」は効いていませんでした。

このように、「薬を使った、治った」からと言って、「薬が効いた」とは限らないのです。

ここまでのストーリーで、3た論法の危うさが分かりました。それでは、タイムマシンが存在しない私たちの世界において、医薬品の効果の有無はどのように検証すればよいのでしょうか?

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20世紀最高の統計家といわれる、イギリスのR.A.フィッシャー先生は、「ランダム化」という方法を考えました。

まず、風邪をひいた人をたくさん集めて、その人たちを偶然の要素に基づいてランダムに半分に分けます。そして、一方のグループには「ヨクナール」を飲んでいただき、もう一方には飲まないでいただきます。

年齢や合併症・既往歴の有無、風邪の症状の強さなど、結果に影響を与えうる患者さんごとの特徴(因子)は様々あります。人をたくさん集めてランダム化することによって、「ヨクナール」を飲む/飲まない以外の条件をできるだけグループ間で同じにし、薬の効果のみが分かるようにするのです。

このとき、偶然の要素に基づいてランダムに分けることが重要です。ストーリーのなかではサイコロを振ることが例に挙がっていましたが、これにより交絡バイアス* を防ぐことができます。

交絡バイアスとは:要因と結果の双方に関連し、片方の集団に偏って存在する交絡因子の存在によって引き起こされるバイアス。交絡因子は次の3つの条件を満たす。結果に影響を与える、要因との関連がある、要因と結果の中間因子ではない。

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科学的根拠に基づいた医療(EBM)

松田:今回しまりす君が陥った「ヨクナールが効いた」という思い込みは、決して笑いごとではなく、私たちの日常生活にあふれています。それほど人は自分にとって身近な経験ほど印象が強く、意思決定に大きな影響を及ぼすのかもしれません。

さて、フィッシャー先生が考案したランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial; RCT)は今日においても、科学的根拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine; EBM)を支える重要な柱のひとつです。

しかし、ランダム化比較試験が実施できない場合もあります。

例えば、希少疾患など患者さんの人数が極端に少ない場合に「投与するグループ」と「投与しないグループ」に分けて臨床試験を実施することが現実的でないことや、倫理的な問題が生じる場合などがあります。また、ランダム化比較試験には結果が得られるまでに膨大な時間とコストがかかるという側面もあります。

このような課題を解決する手段のひとつとして注目されているのがリアルワールドデータ(RWD)の利活用です。中外製薬はランダム化比較試験を実施することが難しい場合にRWDを利活用することで、より速く・サステナブルに臨床開発を行い、患者さんにより早く医薬品を届けられるように取り組んでいます。

RWDの利活用をはじめとした製薬会社におけるデータサイエンスの実践においても、今回ご紹介した「3た論法」など医療統計のリテラシーが基本となっています。

統計解析を生業にしている私たちは、「〇〇をしたらこんなにいいことがあった」と聞くと、「では逆に〇〇をしなかったらどうなっていたのか?」とつい考えてしまいます。

読者の皆さんにも、同じような場面に遭遇したときには、ぜひ、しまりす君のことを思い出して、正しい判断をする一助としていただければうれしいです。


前編:中外製薬の社員が「宇宙怪人しまりす」をアニメ化した理由

「宇宙怪人しまりす」のアニメ化をリードした大澤(左)と松田(右)