一歩先のキャリアへ ― 組織の壁を越えて 社内副業でスキルアップを目指す
中外製薬では、社員の主体的なスキル習得やキャリア構築を支援すると共に、社全体の人財流動性を高める施策として『社内副業制度』を導入しています。社内副業とは、所属している部署以外の部署で社員が働く制度で、社員は短期間に新しい仕事のスキル・経験を積むことができます。
今回は、デジタル戦略推進部で社内副業中のMR(医薬情報担当者)の板倉あおいと、メンター役のアプリケーションエンジニア山本佳菜子にインタビュー。営業部門に籍を置きながらDX部門で副業したことで得られた経験、社内でキャリアを自ら切り拓いていく道のりについて、リアルな声を聞きました。
「人間中心」というサービスデザインを学ぶ価値
-- 愛知県の営業担当から、社内副業制度でデジタル戦略推進部のプロジェクトに参画したきっかけを教えてください。
板倉:私は愛知県内のMRとして、拠点病院にて主に抗がん剤の有効性と安全性などの情報提供を行っています。そのなかでは一部、DXに関わる業務も担っていて、たとえば医療関係者に私たちの製品である医療用医薬品を適正にご使用いただくための情報をタイムリーに提供するデジタルツールを使い、分析や営業活動を行っています。そうしたなか、私が社内副業制度に参加したきっかけは、もっと医療現場に寄り添ったDXを推進し、さらに優れたソリューションを医療関係者に提供したいという思いがあったからです。
山本:私はデジタル戦略推進部のアジャイル開発推進グループのアプリケーションエンジニアです。今年の1月から板倉さんのメンターを務めており、デジタルプロジェクトに従事する社員に全社横断で提供する『サービスデザイン教育プログラム』の開発に一緒に取り組んでいます。サービスデザインとは、顧客体験を継続的に実現するための組織と仕組みをデザインする⽅法論です。「誰のためのサービスか?」を問い続けることで、あらゆる立場の方々が満足できるサービスの創出につながると考えます。中外製薬は最優先の価値観として「患者中心」を掲げており、これを実現するためにも、サービスデザインの方法論は有用だと感じています。
板倉:MRの私がデジタル戦略推進部での副業に応募をしたのも、ここに理由があります。営業の仕事はマーケティング目線で数値を追うだけでなく、医師や患者さんといったひとり一人に寄り添い、その声を聞きながら一緒に解決策を考えていく姿勢が必要です。社員向けの副業募集要項を読んですぐ、ここにサービスデザインが役立ちそうと思いました。
--副業での業務内容について教えてください。
板倉:副業業務での目標は「自身がサービスデザインをリードできるようになる」 「営業部門内でサービスデザインをどういうところに取り入れられるかを検討し、サービスデザインを試行適用してみる」という2点で、まずは、サービスデザインのワークショップに参加するところからはじめました。最初はファシリテーションの補助役として参加しましたが、経験を積んで一部プロジェクトでリードする経験を積めたことで、ファシリテーターとしてワークショップを回せるようになりました。サービスデザインは、自分の仕事を「サービス」として捉えることができれば、あらゆる業務に使える汎用性の高いスキームです。プログラミングや開発のスキルがない私でも活用して人に教えることができるようになり、自信が持てました。
山本:サービスデザインをシステム開発に活かす場合の標準的な流れとしては、テーマ決定、想定ユーザの洗い出し・具体化した後に、サービスに関わる業務やサービスが持つべき機能・UIを整理しています。社内のシステム開発プロジェクトで使いやすいよう、中外向けにカスタマイズしたオリジナルのサービスデザイン・テンプレートも準備しています。
板倉:サービスデザインを実践する上で、最も難しいのはゴール設定です。システム開発なら、アプリやシステムの完成が明確なゴールになりますよね。でも、営業の現場でサービスデザインを活用しようとすると、そう簡単にはいきません。
私の場合、営業部門でのサービスデザイン活用のゴールを「マインドの醸成」に置いています。つまり、顧客中心の考え方を浸透させることがゴールなんです。でも、これって具体的な成果が見えにくいんです。
サービスデザインの本質は、「人中心」で「人の体験を改善する」ことだと私は理解しています。改善の対象がシステムなのか、気持ちなのか、行動なのかによって手法は変わりますが、根本的には相手の課題を見つけ、解決することが目的です。
だから、ゴール設定は案件ごとに異なります。何を明らかにしたいのか、どんな課題を解決したいのか、それによってゴールも変わってくるんです。
サービスデザインの魅力は、この柔軟性にあるのかもしれません。でも同時に、それがゴール設定を難しくしている要因でもあるのです。
--副業に参加して学んだことはなんですか?
板倉:営業では使えるツールがある程度決まっていて、例えば医療関係者との面談では「いかに医師に製品のことを知ってもらうか」をまず考えがちです。しかし今回サービスデザインを学び、改めて「患者目線」とはどういうことかを考えたことで、薬を届ける真の相手=患者さん/ご家族/社会の声を理解できなければ自分たちの製品やサービスを的確に医療従事者の皆さんに提供することはできないのだ、ということに気づきました。そのなかで山本さんに言われてハッとしたのが、「マーケティング戦略を立て、自分たちのツールをどう使うか考えることは決して悪いことではない。重要なのは患者目線とマーケティング目線を両方理解して場面に合わせて適切に使い分けることであり、それによって相手のニーズに合わせた的確なソリューションがご提供できる」ということです。営業本部では、患者さんの見えていない“声”を見える化し、“かたち”にして医療現場に届けにゆくこと目標に活動しており、今回の副業を通じて現場で活きるという新たな気づきを得られたことは非常に有意義でした。
--患者目線とマーケ目線で考える思考力について副業参加前後での具体的な変化はありますか?
板倉:副業の経験を通じて患者目線とマーケティング目線を融合させた具体的な活用事例として、私の場合は例えば、医療関係者との面談での最初の質問が、「なぜ先生はその薬剤を選んだのか」から「患者さんはどのような考えで薬剤を選択されたのか」へと変わりました。これにより、患者さんの治療に対する思いや不安、目標などを中心に据えた対話が可能となり、医療従事者とより深いディスカッションができるようになりました。
また、中外製薬では「患者さんのためのメディカルパートナー(MPP)」を目指す独自のプログラムを開始し、単なる医薬情報の伝達者ではなく、患者さん一人ひとりの気持ちに寄り添えるMRの育成に力を入れています。サービスデザインの学習を通じて、さらに患者志向のマインドが深まり、より質の高い患者サポートが可能になりつつあります。今後は、まだ見えていない患者さんの声をより明確に捉え、患者像の解像度を高めていくことにも注力していきたいと考えています。
山本:営業部門内でサービスデザインをどういうところに取り入れられるか上司への報告・相談や、実際にワークショップの開催にあたって、スライドもたくさん作ってもらいましたね。
板倉:はい、通常MRの業務でスライドを作ることはほとんどないので、初めは非常に戸惑いました。しかし試行錯誤するうち、少しずつ相手に“伝わる”ものが作れるようになったのではないかと思います。これも山本さんはじめ皆さんに「このスライドで言いたいことはなにか」「相手の理解度に合わせてスライドを作らなければいけない」など指導してもらったからです。スライドづくりにおいても、まさに、人に寄り添うという姿勢が重要なのだなということを学びました。
山本:私たちにとっても、営業現場を知ることができたのはとても良い経験になりました。特にデジタル戦略推進部メンバーの多くは中途採用で入社しているため、営業現場についてあまり知識を持っていません。そのため営業職の板倉さんに副業として参加してもらうことで、より深く内情を知ることができましたし、また今後、板倉さんが本業の営業部門でサービスデザインを展開するにあたり、どういうところがハードルになりそうかなど、率直な意見を聞かせてもらえたのは、とても大きかったと思います。
本業で培った知識を副業先にも還元したい
--当初、副業は1月から6月までの半年間でしたが、9月まで延びました。主業務との兼ね合いはいかがですか?
板倉:副業の業務時間には規定があり、副業に当てる時間は1日1〜2時間になります。私の場合、顧客とのアポイントが入ることが多い夜は副業のミーティングを避けてもらうなど、主業務の時間と被らないように融通を利かせてもらいました。今回、副業の期間を延長いただけることになりましたが、さらに3か月間、学ぶ機会が得られたことは本当にありがたいと思っています。
期間を延長したことで、サービスデザインの経験を積み、その仕組みをより深く理解することができ、営業部門でのサービスデザイン展開に向けた新たな提案が可能になりました。また、全社的なサービスデザイン展開に向けて、この経験を活かせると考えています。さらに、患者目線についてじっくり考える貴重な機会となり、本業の在り方を見直すきっかけにもなりました。結果として、MPPを目指したマインド醸成研修へと発展し、当初の目標以上の成果が得られたと感じています。
--今回副業に参加した感想をお願いします。
山本:デジタル戦略推進部では、これまでも全社員を対象とするワークショップなどは数多く開催していますが、単発開催だと本業へ持ち帰って業務に落とし込んでもらうのが難しい面もありました。そう考えると今回の副業制度は期間もしっかり長く、現場に戻っても活かせるスキルが身に付くという点では非常に有効だと考えています。
板倉:私が副業を開始した当初は、デジタル関連の用語の意味さえ理解できず、まったくのゼロからのスタートでした。しかし山本さんをはじめ、多くの人に手厚く指導してもらい、サービスデザインをリードすることができるようになりました。これからもぜひ中外社員に副業へ挑戦してもらい、キャリアを自分自身で切り開いていくことの可能性を追求してもらえたらと思います。私はこの副業経験で、自分自身がデジタルと医療現場をつなぐ懸け橋となろうという気持ちが高まっています。