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人・経営・テクノロジーで企業を変える。プログリットCEOと中外製薬役員が語る、ビジネス変革

「人✕テクノロジー」というコンセプトのもと、応用言語学や行動経済学などの理論を土台にしながら英語コーチングサービスを提供するプログリット。その特徴は、人によるサポートとテクノロジーを掛け合わせた独自のスタイルにあります。おりしも、中外製薬もAIをはじめデジタル技術を活用したDXを全社横断で進めており、両社の間にはさまざまな違いはあっても、共通する要素はたくさん見受けられます。今回はプログリットの創業者である岡田祥吾代表取締役社長をお招きし、中外製薬 上席執行役員・経営企画部長 DX/BX/ASPIRE担当の小野澤学寿と対談。テクノロジーを活用した新たな価値創出に対する取り組みや、未来を見据えた組織づくりなどについて広く語っていただきました。

【プロフィール】
(トップ画像右)岡田祥吾|プログリット 代表取締役社長
大阪大学卒業後、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。同社を退社後、2016年9月に株式会社プログリットを創業。英語コーチングサービス「プログリット」を主軸に、英語学習サービスを複数展開。2022年9月、創業6年で東証グロース市場に上場。

(トップ画像左)小野澤学寿|中外製薬 上席執行役員・経営企画部長 DX/BX/ASPIRE担当
大阪大学卒業後、中外製薬入社。臨床開発等を経験後、米国留学しMBA取得。部門横断による製品価値最大化プロセスの確立と運営に携わったのち、グローバルプロダクトのブランドマネジャー、米国子会社社長等を経て、2021年より経営企画部長。同年から開始した長期の成長戦略「TOP I 2030」の推進に取り組んでいる。


無理をしても無茶をしない。着実に事業の成果を上げるためのマインドセット

 -- 事業内容と、リーダーとしてのご自身の役割について教えてください。

岡田:プログリットは「人×テクノロジーで英語学習に革新を」というコンセプトのもと、ビジネスパーソンに特化した英語学習サービスを提供しています。私がこの事業を始めたのは、既存の英語学習サービスには、学習の質と量を最大化することにフォーカスしたものがあまりないと思ったため。とかく現在では「楽に英語を学ぼう」「短期間でペラペラになろう」という考えが蔓延しており、日本人は英会話スクールに年間約1,800億円(*1)のお金を払っているのに、英語力が上がっていないという厳しい現実があります。そこで私は、本気で英語力を上げたい人を「人×テクノロジー」でサポートするサービスを始めました。

この事業におけるリーダーとしての私の役割は、まさに、仲間集めの一言に尽きます。この会社が世の中にとってどんな役に立つのかを定義し、一緒にやる仲間を集めることが私のやってきたことですし、それがリーダーとしての役割ではないかと考えています。

小野澤:中外製薬は製薬会社であり、2025年で創業100周年を迎えます。もともと創業者が関東大震災に遭遇して深刻な医薬品不足を目の当たりにし、「世の中の役に立つ薬を作る」という使命感を抱き、医薬品商社を立ち上げたのが当社の始まりです。創業から100年経ってもそうした創業者の思い連綿と受け継がれ、「患者中心」というコアバリューにも表現されているのが当社の特徴であると思います。

岡田:私はこれまで中外製薬に対し、きっちり手堅く事業を続けるというイメージを持っていました。しかしある勉強会に参加したことがきっかけで小野澤さんと出会い、「とてもラフな方だな」という印象を持ち、イメージが変わりました。当時は経営企画部長をお務めでしたよね。

小野澤:はい、現在では経営企画部長に加え、デジタル、ASPIRE、ビジネスという3つのトランスフォーメーションを統括しているので社内では「ミスターX」と呼ばれています(笑)

岡田:いま、多くの企業がさまざまな領域でトランスフォーメーションを進めており、なかでもテクノロジーを活用した事業変革が盛んです。当社の英語学習プログラムもまさにテクノロジーを用いた取り組みのひとつですが、私自身、テクノロジーが万能だとは思っていません。人とテクノロジーの関係はいわば、「人間とパワースーツ」のようなもので、実際に手を動かして仕事をするのは人間で、その生産性やクオリティを上げるのがテクノロジーではないかと認識しています。テクノロジーを活用しつつ、着実に成長を重ねていく。無理をしないわけではないけれど、無茶はしない。これがプログリットの英語コーチング事業における基本姿勢です。

小野澤:高い成長は目指したいが、クオリティにマイナス影響は与えない。ギリギリのラインを狙って成長させていくということですね。もともと経営自体、基本的にいろいろなジレンマをはらんでいますから、多くの相反があるなかでどうバランスを取るかが大事だと思います。中外製薬も成長戦略の『TOP I 2030』で、R&Dアウトプット倍増や自社グローバル品毎年上市という非常に高い目標を掲げていますが、この実現は、私自身は決して「無茶ではない」と思っています。昔からの言い伝えにもあるように、矢を放つ時には高いところを目指さないと当たりませんから。だから一見無理難題のように見えるかもしれないけれど高い目標を立て、そこからバックキャストしてどうするのかを考えるようなエクササイズが必要だと思っています。

岡田:私もそう思います。そういったエクササイズがなければ、それこそトランスフォーメーションも起きないですよね。

小野澤:そう。だから、短期目線で無茶な成長を目指すのは良くないかもしれませんが、ちょっと先の無茶を目指さないと、トランスフォーメーションは決して起きないだろうと思っています。

岡田:僕らも外部には非公表ですが、社内の10年間目標を設定しています。なかには相当無茶な内容もありますが、「この施策は確実に実現する」「この施策はチャレンジ精神で臨む」というように、難易度を変えてさまざまな施策を定めることで、結果的に着実に成長していけるのかなと考えています。

小野澤:そういう意味でいうと、中期経営計画(以下、中計)ってなぜ策定するのだろうって思いますよね。実は、中外製薬は中計を策定することをやめているのですよ。

岡田:プログリットも中計を出していません。一般に中計は3〜5年後の目標を意味しますが、これって一番読みづらいタームだと思うのです。10年先なら未来を占うことはできますが、3〜5年はあっという間です。中計を定めても、結局短期のアクションに終始しがちだと思います。

小野澤:中外製薬が中計をやめたのはまさにそのため。創薬は仕込みから上市まで10年や15年かかるのに、3年の中計をつくるとなると、すでに仕込みが終わっている薬の話しか書けないことになってしまいます。そう考えるとトランスフォーメーションを中計で示すのは難しい。だから策定するのをやめたのです。


人財育成に必要な「3つの個」

小野澤:中外製薬は創業以来、「患者さんのために世の中に役立つ薬をつくる」という信念で創薬を続けてきましたが、当社が掲げるミッションには「革新的な医薬品とサービスの提供を通じて新しい価値を創造し、世界の医療と人々の健康に貢献します」とあります。つまり中外製薬はただ医薬品を創るだけでなく、サービスも提供する企業である、ということ。しかし創薬に比べ、まだサービスの領域が手薄なので、これからはテクノロジーなどを絡めながら注力していくことが必要と考えています。

トランスフォーメーションという言葉にはさまざまな定義がありますが、中外製薬における本質的なトランスフォーメーションの幕開けは、周囲から「あれ、中外はこんなことでも社会に価値を提供し始めたな」って言われるようになったとき。企業のトランスフォーメーションには、社会に提供する価値そのものが変革することが大事であり、デジタル化はあくまでもその手段ではないかと考えています。

岡田:面白いですね。「製薬」と社名に入っているけれど、実は製薬だけではないのですね。

小野澤:はい。以前、経営会議のメンバー10名で「中外製薬は将来、どういう会社になりたいか」ということを話したとき、私は「CHUGAI」という案を出しました。この言葉には2つの意味があって、ひとつはこれからサービスにも注力していくことを考えると「製薬」という単語は足枷になるということ。もうひとつは、今後ますますグローバルな展開を目指したいということ。そういう思いを込めてこれからの中外製薬は「CHUGAI」であるべき、と私は考えました。もちろん、製薬からサービスに完全に移る訳ではなく、製薬は今後も中外の柱ですけどね。

岡田:サービスを新しく創出するとなると、自社で行うのか、それともオープンイノベーションになるのか、いろいろな選択肢がありますね。

小野澤:おそらく、相当な部分がオープンイノベーションになるだろうと思いますし、場合によってはM&Aもあるかもしれません。いずれにしても他の企業や組織と協働して、新しいものを生み出していくということは積極的に挑戦していきたいと考えています。

岡田:私たちも自社の事業を通じて日本人の英語力をもっと上げ、世界で自由に活躍できる人を増やし、日本企業をグローバル化させていきたいと考えています。これまではB to Cのサービスを主に提供してきましたが、現在はB to Bにも注力しています。B to Bで重要なのはクライアントのモチベーションです。「強い意志を持って英語の勉強を始める個人に比べ、必要に迫られて企業から派遣されてくる人たちは、もしかしたら学ぼうという意欲が落ちるかもしれない。そういう人にどう指導するのですか」と聞かれることがあります。実際のところ、会社から高額な投資を受けて英語を学びにやってくる方達ですから非常に優秀ですし、やる気や能力なども優れています。しかし私たちが大事にしているのはDay1ではなくDay0。学習を始める前に、そもそも会社から投資を受けて英語を学ぶ意味はなんなのか、自分はここで学ぶことでどんな未来を手にしたいのかということを、クライアントと当社のスタッフが徹底的に深掘りするのです。そこでマインドセットがしっかり固まってから、Day1に進む。そして、「こう頑張れば、英語力は確実に伸びるのだ」という成功体験を一度、実感してもらう。そうすればどんなに大変な勉強でも頑張れます。そういうプロセスが英語力の上達には鍵となりますし、人財を育成するという点においても重要な意味を持つだろうと考えています。

小野澤:まさに中外製薬でもいま、人財育成は大きな課題だと認識しています。中外製薬は主体的に考えて行動できる社員の育成を人事戦略の中心に据え、「3つの個」という新方針を打ち出しています。ひとつめは「個を描く」というプロセス。ここでは社員1人ひとりが自身のキャリアを描き、自身の理想とする未来と会社のビジョンを結び付けていきます。次の「個を磨く」は、一人一人が理想像に近づくことができるよう自律的に学び専門性を強化するプロセス。そして三つ目は「個が輝く」というプロセス。ここでは社員に挑戦の場を与え、一人ひとりが成長できる環境を整備していきます。この3つのプロセスに当てはめると、人財育成というのは「個を描く」と「個を磨く」の間に位置するプロセスではないかと思います。まずは自分がどうなりたいのかという希望を明確にし、そのために必要なスキルや経験をどう重ねるか考えた上で、自己研鑽を積むプロセスですから。こうしたことを念頭におき、中外製薬では2021年よりデータサイエンティストをはじめとするデジタル人財を体系的に育成する仕組みとして、「CHUGAI DIGITAL ACADEMY」を開講。さらに、外部からもデジタル人財を獲得するという2つの方向性で人財育成を進めています。

岡田:素晴らしく恵まれた環境ですね。とても羨ましいです。

小野澤 でも人間って、与えられすぎると満腹になり、何も食べられなくなってしまいます。与えられるのが当たり前になってしまうのですね。危機感を持っている層は多分自発的に学ぶと思いますがそうでない層はここまで環境を整えてもやらないでしょう。ここが一番の課題だと考えています。いま、主体性という言葉が社内でバズワードになっているのですが、若干、主体性という言葉の意味が取り違えられていると思っています。

岡田:それはどういう意味ですか?

小野澤 主体性というのは、人のせいにしないということ。どんな苦難にぶつかっても努力できることを見つけ、「こうする以外に解決方法はない」と考えて動ける人こそ、主体的な人だと思うのですよ。わかりやすくいうと、主体的じゃない人というのはいつでも被害者意識が強い。「会社の雰囲気が悪い」「上司が悪い」などといって自分ができることを探さない人は、非主体的な人。というよりも、非主体的な瞬間ですよね。

岡田:なるほど、状況によって同じ人でも主体的な瞬間と非主体的な瞬間があるということですね。

小野澤:はい、上司の悪口を言いながらお酒を飲んでうさを晴らすという瞬間は、もちろんあってもいいと思います。でも人生を100としたら、そういう瞬間は多くても人生の49であり、少なくとも51以上は主体的であるべき。自分にできる努力を見つけて、やるべきことに全力で取り組む。そうした行動が主体的であると思います。「主体的にやれ」と、部下に仕事を丸投げしてしまう上司の話も耳にします。場合によっては部下の主体性を引き出すのに効果的なシーンもあるかもしれませんが、むしろ、部下の被害者意識を招く可能性もありますからとても危険です。


目線を外へ。思考を未来へ

岡田:大企業はやる気があればとことん、やれることが見つかる環境が整備されているのがいいですよね。その点、ベンチャーにはそうした環境やリソースが少ない。そのためプログリットでは他の企業から人財を招き、組織づくりや仕事の進め方などを実践的に学ぶ試みを始めています。先日パナソニックさんから1年間、社員を受け入れたのですが、お互いにとって、文字通り目から鱗が落ちるような体験がたくさんあるのです。たとえば私たちにとって新しい発見だったのが、事業の属人性を解消して「仕組み化」するということ。一足飛びの成長は目指さないとはいえ、事業の体制を仕組み化しなければ企業として拡大生産していくことはできません。そのように事業を拡大するために必要なエッセンスは大企業から学ぶことが多いと感じています。

小野澤:いま、社員に言っているのは「やっぱり外を見ないとまずいよね」ということ。企業の規模が大きくなるとどうしても内側に目が向きがちですし、無意識に社内の論理で動いてしまいます。中外製薬の場合、全社員の3割はキャリア採用で、外部の常識が混ざることも多いのですが、それでも「うちの常識が常識です」となってしまうケースがまだ多いことに危機感を覚えています。

岡田:私も、人財育成と世の中の展開速度の乖離には危機感を覚えています。アメリカをはじめ、世の中はとんでもないスピードで技術革新が進んでいますし、どんどん新しいものが生まれています。先週常識だと思っていたことが、今週はもう古いということもあります。だから一瞬一瞬が勉強ですし、人財育成もこのスピードに追いついていかなければならないと感じています。

小野澤:創薬の分野でいうとどんどん新しいテクノロジーが誕生していて、たとえばAlphaFoldのように、研究者たちが何年もかけて得ることをたった1、2時間で完成させてしまう技術も登場し始めています。これからは人財育成に注力しつつ、そうしたテクノロジーも積極的に活用しなければならないと思っています。必要に応じてオープンイノベーションも実践しながら創業の志を大切にしつつ、自社の強みをさらに強化させていかないとと思っています。

岡田:プログリットはまだ創業8年で、ひよっこみたいな会社です。だからこれからは、これまで8年間かけてやってきたことを全部覆すくらいのことを、やっていきたいと考えています。もちろんこれまでの経験のなかで大事にすべきものもありますが、そうしたことをあまり気にせず、あらゆる挑戦をしていきたいと思っています。やがては英語業界でナンバーワンになりたい。そして日本の英語教育の常識を変えていきたいと考えています。

小野澤:そのためには同じ目標や同じ価値観を持つ人と、一緒に事業を拡大していくことが大事ですよね。「自分たちにこれはできないけれど、この領域なら任せろ」など、各自の得意分野を持ち寄り、価値観や思想を共有できるパートナーとの協働が不可欠。中外製薬にとっても、そのような試みを繰り返しながら創業時のマインドを後世に繋いでいくことが大事なのではないかと考えています。

(※1)「語学ビジネス徹底調査レポート」2021年版 (株式会社矢野経済研究所)における2021年の成人向け外国語教室市場規模予想

インタビュアー:桑子朋子(中外製薬デジタル戦略推進部/広報IR部)
編集:山見咲桜里(中外製薬デジタル戦略推進部)