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デジタルを活用し実験自動化 新薬創出プロセスを革新する、中外製薬のラボオートメーション

こんにちは、CHUGAI DIGITALです。ロボティクスやAIを活用して実験を自動化するラボオートメーションは、中外製薬の創薬研究を加速する基盤技術の一つです。「私がラボオートメーションをやっていると言うと、既に出来上がった自動化装置がどこかにあり、それを導入して動かす人だとイメージされるのですが、全く違うんです。」と語るのは、研究本部バイオロジー基盤研究部の須山です。「当社の創薬研究に最適化した実験自動化システムは日々の業務プロセスの見直しと改善の積み重ねによって作り上げられたもので、今も進化を続けています。」と須山は説明します。中外製薬が目指すラボオートメーションとは? 実験の現場では、どのような新しい人財を求めているのか? 須山英悟(中外製薬 研究本部バイオロジー基盤研究部創薬クロステックグループマネジャー)と大庭篤(中外医科学研究所 創薬技術1部 vitro実験1グループ グループマネジャー)に聴きました。
※取材は2023年4月に実施

須山英悟(中外製薬 研究本部バイオロジー基盤研究部創薬クロステックグループマネジャー)
大庭篤(中外医科学研究所 創薬技術1部 vitro実験1グループ グループマネジャー)

── 中外ライフサイエンスパーク横浜は2023年4月に本格稼働しました。ラボオートメーションの立上げは順調ですか?

須山:私は研究本部でラボオートメーションの研究開発をリードしています。膨大な候補から薬の“種”を取得して薬に磨き上げるには、薬剤の候補分子の結合能や細胞への薬理作用などを、化合物溶液や細胞などのサンプルを扱う実験によって評価・検証をするプロセスが必須です。このプロセスを自動化し、効率よく確実に、そして大量に「実験による検証」を進めるのがラボオートメーションです。
 富士御殿場と鎌倉にあった研究所が2023年より中外ライフサイエンスパーク横浜に統合されることになり、それぞれの研究所の機器を再構成し、新たにラボオートメーションを立ち上げました。準備には5年をかけ、引っ越しは無事完了しています。これまでのところ順調ですが、実験機器も人間と同じように馴染むという動作が必要です。今は、実験機器を操作する研究者が実際に実験系を動かして、設置された機器を新研究所に馴染ませているところです。

2022年10月竣工時の実験室
2023年4月時点の実験室(ロボットがサンプルを運び実験機器に設置している)

── 実験室の見学ツアーも行っています。注目してほしいポイントは?

須山:実験室はガラス張りで見学ルートから中の様子が見えるようになっており、戸塚の地域住民の皆様をはじめ多くの方にご覧いただいています。フロアがぶちぬきの広いスペースであることが、まず目を引くと思います。以前の研究所では部署ごとに小さな実験室を持ち、組織単位で動いていました。今は大型の実験室に研究員が集まり、組織横断でプロジェクトベースに人が動く、交流のしやすい場となっています。色々な機器を連携させる上でも、フロアに仕切りが無いのは便利です。ロボットが動く前提の設計で、機器とロボットと人が協働していく空間になっています。

── 研究所では中外医科学研究所の研究員も多数、活躍しています。中外グループの人財の強みは何でしょう?

大庭:中外医科学研究所は中外製薬のグループ会社であり、長年、実験と技術開発の専門家集団として中外の創薬研究を支えてきました。よく例えるのは、創薬研究においてゼロからアイデアを生み出す0→1と、アイデアを具現化して実際に形にしていく1→10があるとしたら、中外医科学研究所のメンバーは主に1→10を担っています。実験プロセスや手法が定まったものは外製化もしますが、中外独自の最新技術を織り込んだ実験は外部に出せないものも多く、また最新の実験系を構築して内部でスピーディーに医薬品候補分子を創生していくことも重視しており、そこに中外医科学研究所の研究員が貢献しています。ご質問いただいた強みの観点では、例えば、中外の最新技術や設備を活用しながら専門家・イコールパートナーとして創薬研究・開発に直接的に貢献していけるところでしょうか。中外DX活動や研究本部の研修や勉強会等に参加できる環境を活かし、研究成果として還元していくプラスのスパイラルが生まれていると思います。

須山:最新のDXを活用した研究現場は大きく変化してきていて、実験関連の専門スキルだけでは十分ではありません。工学エンジニアリング、ITエンジニアリングという、2つのエンジニアリングスキルも併せて必要になってきています。前者はロボットの制御プログラム作成や3D -CADによる実験パーツのデザインなど、後者は実験データの解析プログラミングによる効率化などが具体的な業務としてあります。

大庭:私自身、大学~大学院の専攻は遺伝子工学・分子生物学ですが、学生時代からPCを自作したりソースコードを書いてコンパイルする(実行可能なプログラムにする)などメカやプログラミングのスキルを持っていたことが研究現場で活きていると思っています。

── 新薬開発型の製薬企業において、ラボオートメーションは大きなトレンドになっています。中外ならではの特徴は?

大庭:まず、中外の抗体創薬技術は20年以上にわたり培ってきたもので、人財、技術ともに世界トップレベルです。ラボオートメーションについても私たちは10年以上前から取り組み、独自性の高い技術を確立してきました。しかし10年前は、比較的自動化しやすい低分子創薬のラボオートメーション技術はあるものの、フラスコやシャーレで細胞を培養して……といった複雑で人の手でないと扱えない抗体創薬のラボオートメーションは、世界的にもあまり進んでいない分野でした。そのような状況でも、限られたリソースの中で成果を最大化するために、私たちは自ら実験プロセスを見直して、自動化を進めていったのです。ラボオートメーションは家電などと違い、そのまま使える製品が売っているわけではありません。中外独自の実験系をさらにブラッシュアップ~効率化したうえで、自動化するためオリジナルのラボオートメーションをカスタム設計する。多種多彩な小規模の開発をそこかしこの現場でやってきました。つまり中外のラボオートメーションの特徴は、チャレンジと創意工夫だと言えるでしょう。他でやっていないとか前例がないといったことでも“中外としてやる価値がある”と判断したものについては本気で取り組んでいく風土があります。

須山:私たちはこれをRRPAReconsider Research Productive Approach)と呼んでいます。中外DXで全社的にRPAを進めていますが、R(Research)が1つ多いのがポイントです。研究現場は専門性が高くそれぞれ実験系も異なるので、誰かが作ってくれたものを使えば自分達の実験系も効率化するというわけではありません。研究員や工学やITの専門家であるエンジニアがチャレンジし、自分のアイデアを形にしていく。このRRPAこそが、低分子だけでなく抗体創薬におけるラボオートメーション化の成功につながっていると思っています。

大庭:現在は、低分子と抗体と二つの異なるモダリティに対応するスクリーニングシステムや、抗体遺伝子クローニングの自動化システムなど、多種多様な装置が動いていますし、新規の創薬モダリティである中分子の実験自動化にも積極的に取り組んでいます。

抗体遺伝子クローニング自動化システム:菌体播種~コロニーピッキング~培養を終夜運転で自動化する。従来5日かかっていた抗体遺伝子作製を3日に短縮。

── 実験の自動化はどこまで進んでいるのですか? 次の目標は?

須山:物理的に連結させた機器で繰り返し実行する実験系のオートメーション化技術が成熟する中で、これから実現したいのはモバイル化と、研究員が介在する実験プロセスのオートメーション化です。
 モバイル化とは、ロボットが物理的に離れた機器の間を移動して実験を進めるシステムです。連結させた機器と比べると既存のロボット制御技術では動作速度は遅くなりますが、柔軟に実験自動化に対応できるようになります。
 研究員が介在する実験プロセスには、人による判断、指示、新たな実験系の作りこみ、出力されたデータの処理や可視化(レポーティング)があります。これらの複数ステップを連結し実行させるのが目標です。完成すれば、1回~数回ごとに変わる実験系にもオートメーションを活用でき、実験の全プロセスでログを自動取得し、実験の再現性を上げるという付加価値も期待できます。

オートメーション化の進捗(図は低分子創薬のプロセス)※イメージ図

大庭:研究所の実験は非常に多岐にわたり数えきれないほどの実験系があり、また、一つひとつの実験系に数人の研究員しか関わっていないというケースも多くあります。ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す中外製薬において、中外医科学研究所の研究員は実験の実施とその実験プロセスの高度化・効率化を担っていますが、創薬実験は多種多様だけに全員がプロセスイノベーターであるべきだと思っています。誰かが作ってくれるわけではなく、自分たちでRRPAの考えでプロセスを効率化し、それを自動化する次世代のラボオートメーションを創っていくのが次の目標です。

── ラボオートメーションの具体的な事例を教えてください。

事例1:MALEXA®の自動化で実験を効率化

機械学習技術を用いた抗体創薬プロセス革新プロジェクトMALEXA®がスタートした時には、実験で1つの改変抗体を作製するのに3週間かかっていたが、現在は1週間に数百~1000を超える改変体を作製できるようになった。

須山:MALEXA®では熟練した研究員でも予想が難しい抗体配列をAIが提案し、提案された改変抗体を実際に作製して活性などを評価するのに、ラボオートメーションを活用しています。研究はドライ(インシリコ解析)とウェット(タンパク質や細胞を用いた実験)の融合が大切で、AIだけで創薬が済むわけではありません。AIやラボオートメーションを駆使することで、研究員の手作業では達成できないレベルでの創薬が可能になります!

事例2:低分子・抗体創薬スクリーニングの自動化システム開発

3つのユニットから構成されるスクリーニングシステム「Chuchu-1(中外中核スクリーニングシステム1)」を開発。ロシュ社が保有する世界最大級の低分子化合物ライブラリーの保管モジュールから(①)、被験化合物を取り出して分注し(②)、標的分子や細胞との反応を解析する実験をハイスループット*1で実行できる(③)ようになった。

大庭:Chuchu-1は低分子スクリーニングに加え、アッセイモジュールでは抗体スクリーニングもできるマルチモダリティ対応が他社にない特徴です! 写真は一号機で、現在は二号機を開発中。マルチモダリティ対応機が複数稼働することで、複数の創薬テーマに対してよりタイムリーに、そして柔軟に対応していけるようになります。

*1ハイスループットとは:短期間に大量に処理することで、創薬研究では医薬品の候補となる物質や分子を選抜する実験を効率化・高速化する。
*2 ARP(Assay Ready Plate)とは:後工程の実験がすぐできるように化合物や評価対象物が準備された実験プレートのこと。保存されている化合物は濃いうえに濃度が様々なので一律濃度にそろえる工程も兼ねている。

事例3:3D-CADで実験装置の拡張パーツを開発

ラボオートメーションの自動分注機に設置する拡張パーツを3D-CADで製作・実装。ラボオートメーションの処理能力は最大約170%に向上した。

大庭:写真に示すラボオートメーションもオリジナル設計で、細胞培養(左側)、抗体精製(右側)の2種類の実験ができます。高額な分注機とコントロール部分(中央)を共有化することで稼働率や投資効率を高めているのですが、一方で、分注機の実験スペース(中央)が狭くなってしまう問題がありました。そこで、デッキ拡張アルミフレームを設計~製作し、実装。ラボオートメーションの処理能力は最大約170%に向上しました。片方の実験をする際にデッドスペースになる反対側を有効活用してはどうかという研究員のアイデアをエンジニアが形にするという、プロとプロの協働の成果です。

事例4:実験データ解析の自動化

研究員がExcelのサンプル情報や測定データをコピー&ペーストで移動させてデータ解析し、目視でクオリティーチェック(QC)をしていた膨大な解析作業 (数百万化合物 x 複数データポイント x 複数データ種類)を、プログラミングで自動化した。

大庭:プログラムは研究員とエンジニアが協同してPythonで作成しました。中外医科学研究所でもこのような実験の実施とデータ処理自動化を積極的に進めてくれる研究員が若手を中心に増えてきています。

── 読者の皆様へのメッセージをお願いします。

須山:創薬研究に関連する専門性や実験技術が大切なのは前提として、創薬研究に興味があるITエンジニアや次世代ロボットエンジニアの方にも、仲間として加わってほしいですね。

チャレンジ精神あふれる新しい研究所で、私たちと一緒にRRPAしませんか?

左:大庭  右:須山

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